学校での性教育、何を教えられたか覚えている?教科書のなかに、メディアのなかに、あなたと同じセクシュアリティやジェンダーのキャラクターはいた?性をオープンに語るってどういうことなんだろう。ノンバイナリー(*1)の中里虎鉄、ジェンダークィア(*2)のラビアナ・ジョロー。性に関する情報発信をする2人が語る、セックスの話。
中里虎鉄(写真右)
1996年、東京生まれ。フォトグラファー、エディター、コンテンツ制作など、肩書きにとらわれず多方面に表現し続けたいノンバイナリーギャル。出版社勤務を経て、独立。Creative Studio REINGから刊行された雑誌『IWAKAN』の編集制作も行う。自身のジェンダーやセクシュアリティにまつわる経験談や考えを発信している。
ラビアナ・ジョロー(写真左)
ブラジルがルーツの性教育パフォーマー。ドラァグ・クイーン。女性に対して「ムダ毛」の概念が適応されることに違和感を持ち胸毛を生やしたドラァグ・クイーンに。日々の中でキャッチした性に関する情報をパフォーマンスにこめたり、SNSで発信したりする。
セクシュアリティは、ストレートの人も、性欲がない人も、恋愛しない人もみんなに関係のある話
ー2人の普段の活動について教えてください。
中里:フリーランスでフォトグラファーやライター、雑誌『IWAKAN』の編集などをしています。自分の経験や学んだ知識をもとに、ジェンダーやフェミニズムのことを中心に発信しています。
ラビアナ:私は東京を拠点にドラァグ(*3)・パフォーマーとして活動しています。ショーで性教育に関するトピックを取り入れて、音楽に合わせて踊る「性教育パフォーマー」を名乗っています。クラブに遊びに来た人にも、性について学んだり考えたりするきっかけを作りたくて、活動を始めました。
ー2人はどうやって性に関する知識を身につけてきましたか。
中里:昔は本当に知識がなかったし、知識がないなかでセックスしたり、デートしたりしていた。
ラビアナ:わからなかったよね。例えば、コンドームは避妊のためのもので、アナルセックスならいらないって思ってしまったり。傷つきながら知識をつけていたかな。
中里:正直、今でも自分にとって必要な知識が十分にあるかって言われるとわからない。虎鉄は2年前くらいにHIV陽性になったんだけど、それも性被害を受けて感染したの。既にそのときには性に関する情報発信はしていたけど、相手が同意なくコンドームをつけずにセックスしようとしてきたとき、はっきりとNOが言えなかった。
ー幼少期の性教育でどんなことを教えてほしかった?
ラビアナ:「教えてほしかったこと」しかない。私は日本とブラジルの公立の学校に通ったことがあるんだけど、覚えている限りはジェンダーアイデンティティやセクシュアリティの話がなかったのが残念だったな。最近は少しずつ学校で教えられることも増えていると思うけど。ただ違和感があるのが、「セクシュアリティ」と聞くとみんなLGBTQ+の話だと思っちゃうこと。そうじゃなくて、自分の性の関わり方の話だから、ストレートの人も、性欲がない人も、恋愛しない人もみんなに関係のある話なのに。
中里:そうだよね。ジェンダーアイデンティティやセクシュアリティの話が「LGBTQ+だけのもの」だと思われちゃうと、シスヘテロ(*4)の人は「俺たち」と「あいつたち」って捉えちゃうかもしれない。そんななかで、LGBTQ+に関する授業がされたら当事者はビクビクしちゃうと思う。クラスにいる全員が一人一人別のセクシュアリティとジェンダーアイデンティティを持っていて、そこに優劣はないってことを教えてほしかった。
同性カップルは離婚しちゃだめ?
ー教育の場やメディアにおける性に関する情報が偏っているとどんな危険があると思いますか。
中里:シスヘテロ中心の授業や情報のなかで、自分の存在がないものとされているように感じてきた。もはや「ない」ことにすら気づいていない人も多いから、自分の存在は本当にないんだと思うときもある。10代の頃も今も、自分が恋愛したりセックスしたり、家族を形成したり、他者と幸せに生活をしたりしているのが想像できないんだよね。
ラビアナ:やっと増えてきた同性同士の恋愛の物語も、表現に全然共感できなかったりもするよね。「同性愛は美しくなければいけない」というイメージがあるのか、長年連れ添ったカップルばかり取り上げられているとすごく違和感がある。同性婚だと離婚しちゃいけないのかって。
中里:実際には、同性カップルは結婚も認められていないし子育てをするのもハードルが高いから、長期的な幸せを築くイメージがしづらくて、短い恋愛関係を築くことも多いよね。もちろん長年連れ添ってきたカップルをメディアなどで見られるのはポジティブな影響もあるし素敵なことだと思うけど、クィアなカップルの規範が作られ始めちゃっているのは良くないよね。
私は被害者にも加害者にもなり得る
ー2人は性に関する情報発信をするときには、どんなことに気をつけていますか。
中里:虎鉄は、ノンバイナリーやHIV陽性、男性が好き(マセクシュアル)っていうセクシュアリティとか、いろんな属性のなかで、あくまでも自分が喋っていることがそれぞれの属性を代表するものではないってことを意識しているかな。例えば同じノンバイナリーを自認していても、経験は人それぞれで、話す相手や環境によっては自分に特権性がある場合もある。そのことを無自覚に何かを代表して喋ってしまうと、誰かを排除したり加害したりしてしまう可能性もある。
ラビアナ:私も自分の特権性に気をつけているかな。自分は差別を受ける側になる可能性があるし、差別をする側にもなる可能性がある。ジェンダークィアを自認しているけれど、普段は男性として生活していて、同じことを言っても女性が発言するよりも自分が男性として発言した方が通りやすかったりするんだよね。フェミニズムのイベントに登壇者として呼ばれたときも、私がここに出ちゃったらここにいるべき他の人の席を奪ってしまっているんじゃないかって考えたりするな。
中里:セックスや恋愛関係においての加害と被害についても性教育のなかで教えてほしかったな。どこからが加害・被害で、どこまでが愛なのか。自分が加害していることや被害を受けていることに気づかないケースもたくさんあると思うの。今ではデートDVについて教えているところもあるみたいだけど。
ー関連して、性的同意についてはどうお考えですか。
ラビアナ:日本社会では性的同意が全然認知されていなくてびっくりする。結婚したら夫が避妊してくれなくなって、隠れてピルを飲んだりミレーナ(子宮内に装着するタイプの避妊器具)を入れたりしている女性の話も聞いたことがある。付き合っているから、結婚しているからってなんでもしていいわけじゃないのに。
中里:性的同意を得るための関係性を作るのって、すごく難しいことだと思っているんだけど、どんなコミュニケーションが必要だと思う?例えば、その日限りの相手だと特に難しいよね。
ラビアナ:確かに難しい。事前にコンドームは使いたい/使いたくないとか聞いておくのが良さそうだよね。例えばアプリとかだと、相手のことは全然わからないし、双方がリスクをわかっておかないといけない。それから、ヤリモクで会ったからといって、何しても良いってわけじゃないってことは教育のレベルから意識を変えていかなきゃだと思う。
中里:学校では出会い系アプリやサイトって禁止されてたよね。でも、ただタブー視して禁止するだけで、正しい扱い方や関わり方は教えてくれない。性的同意の取り方やコミュニケーションの取り方を教えてくれないのは危険だなって思う。
ラビアナ:性教育全体もそうだけど、いくら「セックスするな」って言われても中高生でセックスする人はいるんだから、リスクを回避する知識と選択肢を提示してほしいよね。セックスをするかしないかはそれぞれの権利だから、したときのリスクや対策を教えてほしい。
「愛される身体」に含まれない身体
ーセックスをするにあたって不安になったり、違和感を感じたりすることはありますか。
中里:セックスだけじゃなくてデートもなんだけど、ノンバイナリーを自認してそれをオープンにしたうえで他者と恋愛やセックスの関係性を結ぶことに難しさを感じます。シスヘテロが“普通”とされている社会では、虎鉄は「未知」のものとしてデートやセックスの対象から外されるか、あるいはフェチっぽい対象として見られることが多いと感じる。でも自分のアイデンティティを明かさずにいざセックスするってなっても、相手が自分の身体を男性のものだと思って見てるんだと思うと、傷つくし抵抗感を感じる。だから心地よく安心した状態でセックスできることってすごく少ない。
ラビアナ:フェチっぽく見られてしまうというのはトランスジェンダーの女性が、日本だと「ニューハーフ」というくくりで性的な目で見られているのも同じようなことだよね。
中里:そういうふうに性的な存在として消費されているのは嫌だな。
ラビアナ:性的に消費はされるけれど、恋愛対象にはされなかったりね。社会のなかで「愛される身体」が決まってしまっていて、そこにトランスジェンダーの方の身体が含まれていない現実があると思う。ポルノのカテゴリーとして性的搾取をされるだけになってしまっているのがすごく嫌だなと思う。
ー2人にとって、「良いセックス」とはどんなセックスですか。
ラビアナ:なかなか良いセックスはないなって思ったんだけど、バイセクシュアルの子と良いセックスができたときがあったな。私はセクシュアリティはパンセクシュアルで、誰かとセックスをするときに性器は気にしないんだけど、そのとき相手はストレート寄りのバイセクシュアルを自認してた。セックスをした後に、シスジェンダーの人のなかでも居場所がないし、ゲイコミュニティのなかでも居場所が少ないクィアな感覚を共有できたんだよね。それが心地よかったな。
中里:その話で思い出したけど、虎鉄が心地よかったのは去年の夏にクラブで会った子としたセックスだったな。相手はシスヘテロ男性を自認していて、虎鉄の髪の毛が長くて場所も暗かったから、女性と間違えられてナンパされたんだよね。それで、「女性じゃないよ」と言ったんだけど、相手が「経験はないけど、興味がある」と言うからしてみたの。ヘテロ同士でもない、ゲイ男性同士でもないクィアな空間ができて、安心できたんだよね。お互いにクィアな状態を認識して了承し、同意を得てできたセックスだったのが嬉しかったな。
*1 一般的にノンバイナリーとは、身体に関係なく自分の性認識が男女という性別のどちらにもはっきりと当てはまらないこと。
*2 クィアとはゲイやレズビアン、トランスジェンダー、クロスドレッサー(自身の性を表現するにあたり、異性装を行う)なども包括する概念。もともと「変態」の意味合いとして侮蔑的にゲイを表現する言葉であったが、セクシュアルマイノリティの人々が中心となって、あえて自身を指す言葉として使うようになり、マイノリティ全体を繋ぎとめ、連帯へと導く機能を持っている。
*3 ドラァグ(ドラァグクイーン)とはクィアカルチャーで歴史の長い、誇張された性で表現するパフォーマンスの一種。ゲイのクラブなどが発祥とされ、ゴージャスなメイクと「女装」してリップシンクと言われる口パクのパフォーマンスをするのが中心であったが、最近では社会的に作られた女らしさ、男らしさを用いながらジェンダー表現をしたりパフォーマンスをしたりする芸術の形となっている。
*4 シスヘテロとは、シスジェンダーとヘテロセクシュアルを合わせた略語。シスジェンダーとは性自認(自分の性をどのように認識するか)と生まれ持った性別が一致している人のことを指し、ヘテロセクシュアルは異性愛者のことをさす。
Text/Natsu Shirotori
Photo/Elena Iwata
Edit/Noemi Minami(NEUT)