小松原美里
1992年生まれ。岡山県出身、フィギュアスケート選手(アイスダンス)。
イタリア代表として活動の後、2016年に尊と出会いカップルを結成し、小松原組として日本を代表するカップルに。2018~2021年全日本4連覇。2022年2月北京五輪代表、団体銅メダル獲得。プライベートではパートナーのティム・コレト(小松原尊)と2017年に結婚。私生活ではヴィーガンを取り入れ、地球や環境に生活を心掛けている。
Jo Motoyo
武蔵野美術大学映像科卒。在学中からフォトグラファーとして活動し、ポエティックで物語性のある画作りに定評がある。
2015年よりTOKYO所属。コピーライターとしてWieden+Kennedyへの出向を経て、2019年、監督復帰作となる「Midnight 0時」を制作。Adfest 2019で Fabulous Five 観客賞を受賞、Young Director Award 2019のShort Film部門で、日本人女性初のSilverを受賞。同年、Jo Motoyoが自ら書き下ろした脚本企画が Tsutaya Creators’ Awardにて監督賞を受賞し、長編映画監督デビューが決定している。年間100作以上の映画を鑑賞。
日本語、英語、中国語を話す。
いざ、直面するまで意外と何も知らない出産・育児のこと。「日本での子育てって大変そう」「妊娠・出産は痛そう」「キャリアが止められるのも怖い」そんな漠然とした不安を抱えている人も多いのでは。今回は、現在カナダ在住でこれから子どもをつくることを考え、卵子凍結を検討しているというフィギュアスケート選手の小松原美里と、2022年に出産を経験した映像ディレクター、フォトグラファーのJo Motoyoが対談。出産や子育てに関するリアルな悩みや経験を共有してもらった。
30歳を迎えたことをきっかけに出産が現実問題に
ーそもそもお2人が、子育てについて現実的に考え始めたのはいつ?
Jo:私はコロナの影響で仕事が一気になくなったのがきっかけです。今まで仕事のことばかりで、自分の人生を顧みる時間なんて本当になかったのに、3ヶ月くらいやることがなくなったおかげで、自分の理想の生活って何だろうと考える時間ができました。それで、当時年齢が30歳だったので、子どもがほしかったらそろそろ真剣に考えるタイミングなのかも、と気づいたんです。美里さんも、同じように仕事が忙しいかと思うのですが、どうですか?
小松原:子どもを作るという意味でもアスリートのキャリアでも、30歳はリミットだと言われることが多いです。私も今ちょうど30歳なのですが、このまま続けるのか、辞めて第2の人生に進むのか考えました。たしかに普段から体は酷使しているし、体重維持やストレスで生理が止まったり月に何回も来たり、健康じゃないなと思う瞬間もいっぱいあって、アスリートを続けながら子どもを作るのはなかなか難しいなと思います。
でも、今一番実力的に伸びてきたところだからまだ辞めたくない気持ちもあって、どうしようかなと思っていたときに「卵子凍結」の情報を見つけて、少しホッとしました。Joさんも、まだ仕事が1番だった20代後半の頃とかに卵子凍結の選択肢があったら選びました…?
Jo:その頃はまだ赤ちゃんがほしいと思っていなかったのですが、もし自分がその時点で「いつかは子どもがほしい」と思っていたら、絶対選んでいたと思います。私の周りにも卵子凍結を体験している人もいます!
小松原:そうですよね。「卵子凍結は自然じゃない」という意見もあるようですが、自分の体だし、好きなタイミングを選べるのはいいなと思っています。もうちょっと選択肢として広まったらいいのになとは思います。
ー仕事も頑張りたい人にとってタイミングがコントロールできるかどうかは本当に重要ですよね。カップルで子どもを作りたいとなると、パートナーさんと相談する場面もあるかと思いますが、お2人はどんなふうに話し合ってきましたか。
小松原:私の場合は、スケートのキャリアもパートナーと一緒に経験していて、一生続けられるスポーツではないから「どこまでやる?」「じゃあ子どもは…」って話しながら考えていました。次のオリンピックまで続けると考えると、そのときにはもう34歳になっていて、そこから慌ててもしょうがないから今できる選択として、卵子凍結がいいかもね、と話しています。
Jo:キャリアの計画と一緒に自然と話し合う場面が出てくるんですね。実は私はもともと、子どもが全然好きじゃなかったんですよね。仕事も楽しかったのでキャリアを潰したくなくて、子どもを持つことに積極的じゃなかった。でも、パートナーは子どもが大好きで、本当にずっとほしがっていたんです。なので、直接的にぶつかり合ったことはなかったけれど、私は心のどこかで申しわけないなって思っていました。私の体のことでもあるけれど、2人のことでもあるからいつか直面する問題だろうなと思っていた矢先にコロナ禍に突入したので、結果的に私も子どもを作ってみようという気持ちになりました。
妊活・出産の情報ってどうやって集めればいい?
ーお2人は出産や子育てに関してどうやって情報収集をしてきましたか?
小松原:直接人に聞こうとはしているのですが、なかなか生の情報に繋がれることは少ないですね。なので、現状はネットからの情報収集が80%くらいです。ネットには感謝しているのですが、完全に信じていいかどうかは分からなくて。なので、この対談も、貴重な機会だなと思っています…!
Jo:そうですよね。今って日本では出生率がどんどん下がっていて、そもそも妊娠・出産を経験している女性が減っているんですよね。だから聞ける相手も減っていると思います。
私の場合は、いざ自然妊娠に挑戦しようとしたら全然できなかったんですよね。それで、たまたま近しい先輩が10年間の不妊治療を経験されていて、「ちょっとでもおかしいと思ったら早めに病院行った方がいいよ」と助言をくれて、妊活のために病院に通い始めました。その先輩に言われて知ったのですが、「自然妊娠にトライして1年できなかったら病院に行こう」というのが定説のようです。
小松原:それも知らなかったです。ちなみにJoさんはどのくらい不妊治療をされていたんですか?
Jo:私は1年くらい不妊の時期があって、病院に行き始めて4ヶ月くらいで妊娠しました。人によって違うとは思いますが、やっぱりホルモン治療が合うと確率は上がるんだなと思いました。情報収集の観点だと、「実は今不妊治療しているんだよね」と周りにオープンにし始めたら、周りに似たような状況の子がたくさんいることが分かったんです。「私もやってる」とか「3年くらいトライしたけど、疲れてお休み中なんだ」とか、情報が集まりやすくなりました。
とはいえ、妊娠や出産に関する話題ってものすごくセンシティブな内容ですよね。すごく子どもがほしくて妊活頑張ったけど結局できなかったという方もいるので、何でもオープンに話すのは難しいとは思います。
ー卵子凍結や不妊治療などの妊娠方法もたくさんありますが、出産にもいろいろな方法とそれに関する議論がありますよね。お2人はどんな視点で出産方法を選びますか。
小松原:とにかく痛くなければいいなとは思っています。でも、具体的には私には想像ができていないと思うので、Joさんがどう選んだのかお聞きしたいです。
Jo:出産方法っていろいろあるのですが、正解とか間違いはなくて、病院や産院の思想なんですよね。正直、出産を経験する前は「プールで産むなんて衛生的に大丈夫なの?」とか、世にある出産方法についていろいろ思っていました。でも、いろんな病院や産院で話を聞いていくうちに、それぞれの良さがあるんだなと知りました。だから、最後は本当に自分の考え方に合うかどうかで選べばいいと思います。
そのうえで、私は「完全無痛の計画分娩」という方法を選びました。手術みたいに予定日を決めて、促進剤と痛み止めを打って、痛みを感じずに産む方法です。出産だけに特化した場所で産みたいという気持ちもあったので、都内で完全無痛の計画分娩ができる産院の予約を取りました。ただ、実際の出産のときには家で破水してしまったので、ひどめの生理痛くらいまでの痛みは感じました。あれ以上の痛みは私には無理ですね…。産院に行ってから産むときまでは携帯で映像とかとか見れるくらい、痛みを感じずに出産できました(笑)。
小松原:それなら私も産んでみたいかもって思います(笑)。
出産・子育てにはポジティブな面もたくさんある
ーお二人は出産・子育てに関して、どんな不安がありますか?
小松原:いっぱいありますね。金銭もだし、私は今カナダに住んでいるので、日本に帰るのか帰らないのか、自分の子育て能力はどうなのかとか…。あと、スケートを20年以上やってきて、いろんな選手の育ち方を見てきたなかで、環境を作って何人かで教えていかないと立派な選手にはならないなと思っているんです。子育ても同じように1人じゃ絶対できないと思うので、何でも聞けて安心できるコミュニティが必要そうだなと考えているのですが、実際、どうなんでしょうか?
Jo:私も出産前は本当に不安で怖くて、よく泣いてました。妊娠中はホルモンの影響で気持ちが沈むこともちょこちょこあって。でも、生まれたら、信じられないほど大丈夫でした。何を心配していたんだろうと思いました。なので、実は今は全然不安がないんですよ。
小松原:出産前と出産後で、具体的にどういうギャップがありましたか?
Jo:たぶん、出産前は漠然とした不安があったんだと思います。何が分からないのかも分っていないけれど、とにかく今後の人生が不安で。
でも、出産してから実感したことなのですが、日本って子育てに関してかなりケアが厚い国なんですよ。少なくても東京では自然分娩で産もうとすれば出産には数万円しかかからないし(参照元:国税庁)、ベビーベッドや肌着とか産前・産後に必要なものを国や区が支給してくれたり(参照元:東京都福祉保健局)、医療費は15歳までタダ(参照元:東京福祉保健局)。公共機関も乳幼児は基本的にタダで、インフラが整っている。こんなに子育てに力を入れてくれるんだってびっくりしたんですよね。
小松原:ネットで調べたりした情報で日本での子育ては絶対大変なんだって思っていたのですが、このお話を聞くと日本すごいじゃんって感じました。
Jo:私も子どもができてから気づきました。あと、コミュニティの面だと、子どもを産むと意外なことに本当にいろんな人との繋がりが増えるんですよ。今まで話したこともなかったお隣さんが「赤ちゃん産んだの?」と話しかけてくれたり、家の近くに住んでるホームレスのおじさんが「かわいい子だな!女の子か?」とか言いながら話しかけてくれて、初めて話せたり。あと、保育園で出会ったお母さんたちと友達になったり、そこまで仲良くはなかった友達で子どもがいる人ともう1回コネクションができたり。子どもをきっかけに、自分の新しいコミュニティが開いた感じがしました。
ー現状、Joさんは不安はなく子育てができているとのことですが、一方で「日本は子育てがしづらい」というイメージがあるのも事実だと思います。子育てがしやすい社会にしていくためにはどんなことが必要だと思いますか?
Jo:私は、お金やモノでの支援ももちろん大事だけど、それよりもモラルの方がバグってるんじゃないかなと思っています。そこに関してだけは、本当に子育てのしづらさを感じています。例えば妊娠中に、通勤・退勤時間に電車に乗ると全然席は譲ってもらえないし、ベビーカーと一緒に電車に乗ったら舌打ちされる。飲食店でも子どもと一緒はNGのお店もかなりたくさんある。子育てへの理解のなさ、非寛容なシーンに出くわすたびに、日本での子育てのしづらさを感じてしまいます。
小松原:電車の話、今聞いただけですごくむかつきますね…。自分で調べたり、ニュースを見るのとは全然違って、こういうふうに直接お母さんの声を聞くのが一番ズシンとくるなと改めて感じました。こういった声を聞ける場所が増えてほしいし、そういう声を拾い上げて包み込む社会に向かっていかなきゃなと思いました。それと同時に、今日お話を聞いて、子育てをするJoさんがすごく明るく楽しそうで、かっこよく見えたので、私個人としてもやっぱり卵子凍結もしたいし、いつか子どもがほしいなと思えました。そういうふうに勇気を与えてくれるかっこいいお母さんたちの姿ももっと見れたらいいのかもしれないですね。
Jo:そうですね。モラルの問題はあるとは言いましたが、私は子どもを産んでから本当にいいことばっかり経験しています。いろんな人の優しさにも触れたし、助けてくれる人も絶対います。
もちろん、仕事を中断したり育児の負担が女性に偏りやすいのは腹立たしく思うときはあります。だけど、それとは別に思ったのが、出産・子育てで仕事を辞めた母親や父親って必ずしも「キャリアを諦めたかわいそうなひと」ではないんです。私も子どもを産むまで勘違いしていたのですが、実際に子どもを産んでみると、子育てってものすごく尊い仕事で、そのためにキャリアを中断するのって決してネガティブな決断ではないと感じるようになった。だから、子育てを頑張っているお母さんやお父さんたちの選択がネガティブなものとしてだけ見られるのではなくて、ポジティブで素敵な選択なんだという認識ももっと広まってほしいなと思っています。
Text:Natsu Shirotori /Illustration:moka /Edit:Noemi Minami(NEUT)