冠婚葬祭など、人生における大事な場面こそ、本当に着たい服を着たい。でも、その願いが叶わないこともしばしば。たとえばスーツ。身体が女性というだけで、ボディラインを強調したスーツしか選択肢がないという現状が日本にはあった。
そんな現状から、新たに選択肢を作ったのが「keuzes」だ。オーダーメイドでメンズパターンのスーツをさまざまなジェンダーの人たちに届けている。
この事業を立ち上げた代表の田中史緒里さんには、「服装によってやりたいことができないという状態があるとすれば、それはやはりおかしい」という一貫した思いがある。
まだまだ選択肢の少ない今の社会を、少しづつ変えていくために、声を上げ、行動に移す━━、keuzesと、田中さん自身の活動に、これからの社会をより良くするためのヒントを求めた。
keuzes/クーゼス
“思うがままに服を着る。それはあなたが自由である証。”をモットーに、 FtX当事者でもある代表の田中 史緒里さん(写真)が立ち上げたアパレル、スーツオーダーの会社。これまでに、女性も着用できるメンズパターンのオーダーメイドスーツやアンダーウェアを手掛けてきた。近年は、ウェディングの会社「HAKU」と共に、様々なジェンダーのカップルのためのウェディングをプロデュースするサービス「keuzes wedding by HAKU」をスタート。keuzesとはオランダ語で「選択肢」という意味。詳細はHP(https://keuzes.co.jp/)にて。
*今回のインタビューで田中さんが着用しているスーツは、もちろんkeuzes。
成人式も、結婚式も諦めた
━そもそも「keuzes」を始めたきっかけを教えてください。
田中 史緒里(以下、T):面接、冠婚葬祭などに代表されるように、スーツは大事なシーンで着ることが多いものですよね。そこは本来、ありのままの自分を一番出したい場所なはずなのに、自分を隠しながらその場に挑むというのは、矛盾しているとずっと感じていました。きっかけは高校時代までさかのぼります。周りが成人式の準備を始めだしていました。自分は何を着て成人式に出るんだろうと考えた時に、参加するなら絶対にスーツがいいと思いました。振袖はもちろん、腰にくびれがあり、ウエストとヒップが強調されるようなレディーススーツも嫌だった。着るならメンズスーツ一択だったんです。そこで気になり、【女性用 メンズスーツ】などで検索もしてみましたが、その時は知恵袋の回答しか出てきませんでした。それによると「洋服の青山」で買えるとのこと。たまたま近所にあったのですが、女性である自分がメンズスーツをほしいと言ったときに店員さんにどう思われるかが不安になり、結局行けませんでした。そして成人式への参加を諦めたんです。
その後上京し、勤め先の同僚の結婚式に招待されました。そこでまた女性用のメンズスーツを探すのですが、検索しても情報があの頃からまったく更新されていなかった。【LGBT スーツ】【FtX スーツ】(*)などでも調べたのですが、結果は同じ。自分の場合、肩幅は広いのに腕が短いという体型だったため、既製品の中から探し出すのも一苦労。結局H&Mなどを回って、上下別のものをセットアップ風に揃えて参加しました。初めての結婚式でとても幸せな気持ちになれた一方で、今後も結婚式に参加する度にまた大変な思いをしながら服を探すのだろうかと考えたら……、複雑な気持ちになりました。
FtX……出生時に割り当てられた性別は女性だが、特定の性別を自認していない人のことを指す。
このスーツ探しの苦労をFtXの友達に打ち明けてみると、みんな同じ悩みを抱えていたんです。東京に出たら理想的なメンズスーツに出会えると思っていましたが、結局そうでもなかった。だとしたら、全国には服装でいろいろなことを諦めなくてはいけない人がどれくらいいるのだろう。じゃあ、自分でブランドを立ち上げようと思ったんです。同じような思いをしている誰かのためでもあり、成人式を諦め、結婚式の参列に苦労した自分のためでもありました。
━自分自身にしっくりくるスーツを探していた当時から今まで、田中さんはスーツにどのようなイメージをお持ちだったのですか?
T:自分にとってスーツは、はっきりと性差を感じてしまうものです。たとえば、レディーススーツはシルエットが強調され、着ただけで自分の性別を認識させられてしまう。自分自身、就活のタイミングで必要に迫られ、着たことがあるのですが、とても苦痛でした。自分の場合、男性になりたいわけではありません。ただ小さな頃からカッコいいものが好きなだけでした。だからスーツに対しても、カッコよさへの憧れを持っていたんです。レディーススーツを着ていた時は、誰にも見られたくないという気持ちでいっぱいでしたが、メンズスーツを着ている今は、何も思わないぐらい自然体でいられます。別に周りからどう見られようが関係なく、本当に着たい服装を着られている状態がいかに楽であるかを実感できています。
大事にしていることは、対話
━「keuzes」ではオーダーメイドでスーツを仕立てていますよね。
T:初めてのスーツを買うというタイミングで「keuzes」を知ってくれる方がほとんどだということと、スーツは大切なシーンで着用するものだということを考えればオーダーメイドがいいのではないかと考えました。女性がメンズスーツをお店に買いに行くときの気まずさを、自分自身が経験していることもあり、店舗を持たずに自分が出向くようにしています。
━根底にあるのは、「安心できる場所」を提供した上で自分に似合うスーツに出会ってほしいという思いだったんですね。
T:その人が当事者であろうがなかろうが関係ないと思っているし、カミングアウトしているのかしていないのかもどちらでも良いと思っています。その上で、すべての人が確実にストレスを感じない場所をつくるよう心がけています。
━訪問の際にはどのようなお話をされていますか?
T:訪問者一人に対して平均1時間半くらいお話をしています。おもしろいことに、スーツの話は30分で、残りは相談を聞く時間になるということも多いです。恋愛相談をされることもありますし、自分が最近気になった出来事などを相手に聞いてもらうことも。終わった後もDM等で、「○○の話ができてとても楽しかった」という内容をいただくことが多くて、お客様にとってはスーツよりも話をしたことがメインになっているのでは?と感じることもあります(笑)。
取材中、気さくな雰囲気で話してくれた田中さん。普段、スーツを仕立てる時も先方が指定する場所に訪れて対話をするのだとか
━おしゃべり自体がお客様にとっては大切な時間になっているのだと思います。訪問の際に「対話」を重要としている印象も受けました。
T:スーツをつくれることはもちろん、お客様とする話も自分にとっては価値のあることです。この人は「keuzes」がなければ出会えなかったのだと思うと、お客様としての関係よりも、まずは友達になりたいと思ってしまう。目の前の人がどういう人なのかを知りたいからこそ、対話の時間を大切にしています。それに自分も話を聞いてもらって救われている部分があるんです。
━実際のお客様の声で、感銘を受けた言葉はありますか?
T:たとえば成人式で振袖を着てほしいと親に頼まれ、どうしても嫌だったけどしかたないと諦めていた方が「keuzes」のスーツと出会ってくれました。その方は親に初めてスーツを着たいという自分の希望を伝えられ、それに両親も納得してくれた。スーツ姿を両親に見せたらすごく喜んでくれたし、周りの友達も褒めてくれたと連絡をいただきました。隠すことなく自分の話をできることがいかに楽か、そして他人を信じて伝えることの大事さを「keuzes」を通して知れましたと言われたときは、すごく嬉しかったです。
結婚式はすべての人に、平等であるべき
━今は女性のためのメンズスーツを検索した際に「keuzes」という選択肢がある。それだけで救われる人がたくさんいると思います。さらに最近はウエディング事業もスタートしていますよね。
T:はい、オリジナルウエディングを手掛けるHAKUと共同で「keuzes wedding by HAKU」というサービスを開始しました。ジェンダーフリーなオリジナルウェディングサービスを行っています。
“お客様一人ひとりの物語を知り、向き合い、想いを聞くこと”をモットーに、さまざまな要望を叶えるのが「keuzes wedding by HAKU」。https://wedding.keuzes.co.jp/
━━このプロジェクトをスタートさせたきっかけは何でしょうか?
T:自分自身はこれまで、結婚式はしたくてもできない、自分に関係ないものだと思っていました。しかし、HAKUのブランドマネージャー・柴田さんと出会って「結婚式は結婚する人だけのものではなく、想いを相手に届けたい人がプロポーズする場所でもいいし、大切な人を大切な人たちに見てもらう機会でもいいし、どんな理由であっても挙げられるものなんだよ」と教えてくれたんです。それを聞いて、自分の中でも結婚式への考え方が変わりました。誰かにお祝いされたり、周りの人と一緒に幸せを分かち合ったりする数って、どんな人でも平等でなくてはいけないはず。日本では異性間でしか婚姻制度を利用できないですが、結婚式はすべての人に向けて開かれているべきだと余計に必要性を感じました。
━当事者カップルにとって、一切の不安やストレスを感じさせないウエディングサービスがあるのはありがたいですね。
T:ただ、現状利用してくださる方はまだ法律で結婚できる方たちだけなんです。たとえば男女で結婚されているけど、戸籍上は女性で、日によって自認する性別が変わるという方から、スーツとウエディングドレス、スーツとスーツでの両方で写真を撮ることは可能かと問い合わせをいただき、式をプロデュースしました。
これまでに様々なかたちのウェディングをプロデュース。実際に相談に来た方にはジェンダーに関するお悩みサポートなども行っている
━まだ同性間で挙式を行うこと自体、高いハードルがあるということですね。
T:今までの自分と同じで、まだまだ結婚式を挙げる/挙げないという話題自体がカップル間で出てきづらいですよね。それでも、「keuzes wedding by HAKU」というサービスを知ったことで、「私たちももしかしたら結婚式という選択肢があるのかもしれない」と初めて考える機会ができればと思っています。結婚式自体の考え方が変わるきっかけになるといいなという気持ちで始めたので、これからさまざまなセクシュアリティのカップルが自然に結婚式についての議論ができるようになり、問い合わせが増えることを期待しています。
まずは誰もが選べる社会に
━「keuzes」のプロダクトやサービスは、私たちに社会に対する問題意識を持つきっかけを提供してくれていると感じます。みんなが諦めざるを得なかったことに対して、それは「しかたなくない」と気づけるような。
T:私は当事者としての人生でそこまでつらいと感じたことはありませんでした。ただ、スーツに関しては諦められなかった。服装によってやりたいことができないという状態があるとすれば、それはやはりおかしい。スーツだけではなく制服などの服装規定もそうですが。望まない服装に縛られると、自分のアイデンティティを失いかけることにつながる。だからこそ、選択肢を増やして、まずは誰もが選べる状態にしたいです。
keuzesのHPで発売している「生理用ナプキンがつけられるボクサーパンツ」。普段、メンズ用のボクサーパンツをはく女性たちに新しい選択肢を与える
━現在の活動を持続させていく上で、課題に感じていることはありますか?
T:当事者/非当事者に関係なく利用できるサービスを展開しているのですが、メディアでの打ち出され方としてはどうしても、“LGBT”のサービスということが全面的に出てしまうことです。だから、お客様から、自分は当事者ではないのですが利用できますかと聞かれることも……。「keuzes」は“当事者がやっているサービス”というだけで、“当事者のためだけのサービス”ではないので、誤解を招いてしまっているとも感じています。
━本来ならば、当事者/非当事者という肩書きがなくなるのが社会としても理想だと感じます。
T:そうなんです。「keuzes」を立ち上げた時も、メンバーで当事者は自分だけでした。非当事者メンバーも親身になって自分たちの悩みについて考えてくれているのを見て、希望を持ちました。こう思ってくれる人たちがこれから社会にどんどん増えていくことを期待しています。
━「keuzes」が提案してくれている問題意識は、当事者だけでなく社会に関わるすべての人が考えるべきことだと感じています。最後に、ブランドとしての今後の展開を教えて下さい。
T:正直、「女性の身体に合う」と規定したり、そもそもセクシャルマイノリティとかFtXとかカテゴライズしたりするような言葉は好きではありません。ただ、わかりやすく伝えるためにはそういう言葉を使わざるを得ない現状があり、もどかしい思いを抱えながら活動をしています。「keuzes」は問題解決の事業でしかないので、これからもそこはブレずに続けていきたいです。
スーツに関していえば、自分たちのようなサービスを提供するブランドや企業が増え、それが普通になってくるといいと思います。それによっていろんな人が救われることが一番良いことですから。カッコいい言い方をすれば「keuzes」が必要なくなるような世の中になることが一番良いと思っています。
Text/Daisuke Watanuki
Photo/Sakie Miura
Edit/Eisuke Onda