「自分を大切にしよう」と言うけれど、仕事や勉強に忙殺されて、ついつい自分を後回しにしてしまうことも。ありのままの自分を愛すること=セルフラブは、自分のことを認め、他人にもやさしくなれる大切な考え方だ。個人的な言葉や情景を音楽にしている羊文学の3人は、セルフラブをどう捉えているのか? BE AT STUDIO HARAJUKU(ラフォーレ原宿)にて開催された「SELF LOVE FES(セルフラブフェス)」にて、塩塚モエカさん(Vo.Gt.)、河西ゆりかさん(Ba.)、フクダヒロアさん(Dr.)に話を伺った。
羊文学
Vo.Gt.塩塚モエカ(写真中央)、Ba.河西ゆりか(写真右)、Dr.フクダヒロア(写真左)からなる、繊細ながらも力強いサウンドが 特徴のオルナティブロックバンド。 2020年8月19日にF.C.L.S.(ソニー・ミュージックレーベルズ)よりメジャーデビュー。 2021年8月25日にはアニメ映画「岬のマヨイガ」の主題歌「マヨイガ」を収録したEP「you love」をリリース。 ライブでは2021年3月のonline公演を皮切りに、9月に東京・名古屋・大阪3都市にて有観客公演 Tour 2021”Hidden Place”を開催。2022年4月20日に話題のTVアニメ主題歌「光るとき」を含む、NEW ALBUM「our hope」をリリース。初回生産限定盤のBlu-rayには2021年9月に行われた羊文学Tour 2021 “Hidden Place” USEN STUDIO COAST公演のライブ映像をフル収録。2022年5月29日から5大都市のZepp公演を含む、全国6ヶ所をまわる初の全国ツアー”羊文学Tour 2022「OOPARTS」”を開催するなど、しなやかに旋風を巻き起こし躍進中。
ステージだとありのままを受け入れてもらえるし、そこで表現できることが肯定感につながる
─自分で自分を肯定することは、実はすごく難しいことだと思います。みなさんはセルフラブが得意なタイプですか?
塩塚:全く得意じゃないですね。だけど、セルフラブができている人に出会うとオーラから幸せそうで、憧れるので、私もできるようになりたいです。どうやったらできるようになるんですかね。
塩塚モエカ(Vo.Gt.)
河西:私も、どうやったらいいのかなって思います。今回のイベントを通じて初めて「セルフラブ」という言葉を知ったくらいなので、あまりそういうことを意識してこなかったんだと思います。
─「セルフラブ」と聞いて、どんなシーンをイメージしましたか?
河西:心が解放されるとき、ですかね。パッと思い浮かんだのは「お散歩」をしている時間。自分の気持ちに正直になれるので、私にとっては大切で大好きな時間です。
河西ゆりか(Ba.)
塩塚:お散歩、いいね。セルフラブと聞くと、高い化粧品を買うのかな、マッサージに行くのかなと想像するけれど、そんなにお金をかけなくてもいいですよね。贅沢なご褒美もいいけれど、ゆっくり外を歩いたり好きな音楽を聞いたりする時間も、自分を癒してくれるのかなと思います。フクダは、セルフラブが得意な方だと思うんですよ。
フクダ:そうですね、割と得意な方だと思います。セルフラブって、つまり自己肯定だと思うんですけど、僕はバンドをやっていることが大きく影響していて。自分の中で音楽をやりたいと思っていましたが、バンドを組んでも中々うまくいかなくて。そんな時、塩塚に羊文学に誘ってもらえて、やりたいことができている。バンドをしていることで、自分を愛せているなって思います。
─それは、演奏という表現が自己肯定になっているということですか?
フクダ:演奏はもちろん好きなんですけど、ビジュアルやたたずまいといったものも、バンドにいるとありのままを受け入れてもらえます。僕は10年くらい前髪が長く、目を隠している状態で、ふだんの生活だといろいろ言われたり怪しまれたりするんですね(笑)。でも、ライブシーンだとこのスタイルをむしろ好評価してもらえる。ステージがあるから自分のままでいいんだって思えますし、そこで表現できることは僕自身の肯定感につながっていると思います。
フクダヒロア(Dr.)
「こうじゃなきゃいけない」と縛らず、“適当にやる”のも大事
─セルフラブのための習慣はありますか?ゆりかさんは「お散歩」をどんな風に楽しんでいらっしゃいますか。
河西:好きな音楽を聴きながら歩くこともありますが、音楽を聴かないで歩くのが好きです。身体が解放されるような気分になるんですよね。歩いている人たちの姿からどういう人生を生きてきたのか想像したり、道端に落ちている石ころもどこから来たんだろうと想像したり(笑)。暇さえあれば歩いて、頭の中でいろんな想像を膨らませています。
塩塚:私はお風呂で半身浴をすることが、大切な習慣です。感情の波があるタイプで、ストレスを感じやすいんですね。それが溜まってくると身体が芯から冷えてしまって、落ち込んでしまう。なので、疲れたと思ったら「とりあえずお風呂に入ろう」って決めています。お風呂に入るのって、簡単じゃないですか。簡単な習慣で自分の調子が良くなるなら、どんなことがあっても大丈夫って思えます。人から驚かれることが多いんですけど、靴下を何枚も重ねる「冷えとり」も、自分にとっては安心できるものですね。
─モエカさんは、心と身体がしっかりつながっているんですね。
塩塚:そうですね。20代前半くらいまでは、ストレスを感じても、それが原動力になっていました。でも、だんだんそうもいかなくなってきて。ストレスによって身体の不調を感じたり、耳が聞こえづらくなってしまったりして、身体を整えることに関心を持つようになりました。それから、いろんな本を読んでたどり着いたのが、この習慣です。
─どんな本を読まれたんですか?
塩塚:いくつか読んだ中で、自分にいちばんしっくりきたのが服部みれいさんの本です。考え方も言葉もとても好きで、リスペクトしています。半身浴や冷えとりもみれいさんの影響で始めたもの。身体にまつわる著作をたくさん出されているので、それらを読んで身体のことを考えるのも、自分を癒す時間になっていますね。
ただ、時には肩までお湯に浸かっちゃったり、靴下を2枚しか重ねなかったりする日もあります。「こうじゃなきゃいけない」って自分で自分を縛ってしまうと、窮屈になるし、逆にストレスを感じてしまう。“適当にやる”っていうのも、大事かなと思います。
自分の身体に正直になって、積極的に休もうって思います
─フクダさんはいかがですか?
塩塚:フクダは基本、ストレスが溜まらないタイプだよね。
フクダ:そうですね。
河西:フクダを見ていると、いいなって思います。私の場合、ストレスに気づかず、心よりも先に身体の調子が悪くなって気づくことがあります。蕁麻疹が出たり、PMSが重かったり。そういう時は自分に正直になって、休もうって思います。
塩塚:自分では気づかないストレスってあるよね。最近、熱やちょっとした体調不良にも敏感になるじゃないですか。ある日、朝起きたら体調が悪くて、微熱もあって「コロナかもしれない」って不安になったんですよ。それで、マネージャーさんに相談したら全部リスケしてくださって。だけど、後々原因がPMSだとわかった時は落ち込みました。今までもPMSや生理痛はあったけれど、気合いで乗り切っていたんだなって。女の人の身体として生きることの大変さを身に染みて感じて、考えさせられました。
─休むことって他人に迷惑をかける苦しさはありますけど、「休みたい」と正直に言えることは自分を大切にするために必要なことですよね。
塩塚:私は普段から「辛いです」「しんどいです」と、正直に伝えるタイプなんです。体調が悪い時はメンバーにも必ず言う。それはフラットな環境があってこそのものなので、会社や部活でもそういう環境を作れるといいですよね。
河西:今話してくれたみたいに、モエカは自分の体調をきちんと言ってくれるので、こちらも変に察することなく過ごせるのはいいなと思います。
話したり、自分から行動したりすることで、少しずつお互いを思いやれるようになってきた
─それぞれセルフラブや体調に対する価値観が異なる中で、お互いをケアするために心がけていることはありますか?
塩塚:生理の話もするし、フクダはお家が遠いので「昨日は寝れた?」とか、細かい話をたくさんします。ふたりは口数が多いタイプではないので、最初は気持ちがわからなくて悩むこともあったけれど、3人で集まって、面と向かって話す時間を設けたんですね。そこで、ふたりのことがわかるようになりました。あと、してほしいことがあるなら自分からすること。ほんの一例ですけど、「おはよう」って言ってほしいなら自分から積極的に「おはよう」って言うとか。話したり、自分から行動したりすることで、少しずつお互いを思いやれるようになってきたかなと思います。
河西:人によってベストなケア方法は違うので正解はわからないけれど、自分にとってのベストを行動に移すのは大事かなと思います。私は食べることで元気になれるタイプ。なので、先日はモエカの体調が悪いと聞いて、吉祥寺で美味しいカレーをテイクアウトして、西荻窪のレコーディングスタジオに持っていきました。
塩塚:すごく美味しかったです。私自身、メンタルの上下が激しくてふたりは苦労しているはずなのに、いつも受け止めてくれて恵まれている環境だなって思います。
フクダ:塩塚はバンドの中でも人一倍稼働が多くて、楽曲制作もしなきゃいけなくて、負担をかけているなって思うんです。なので、なるべく心地よく過ごしてもらいたい。些細なことですけど、塩塚は絶対に誕生日を祝ってくれるタイプの人なので、僕も誕生日には入浴剤やボディクリームといった身体を労われるものをプレゼントするようにしています。
塩塚:たしかにくれる!そういう意図だったんだ。
フクダ:あとは、いい距離感を保つようにしています。自分なりの方法なので言葉にすることが難しいんですけど、相手の様子を見て、接するようにしています。
塩塚:ほんとにいい人なんですよね。気を遣われている感じはなく、自然と気持ちいい。勝手な想像ですけど、フクダは自分がどうありたいのかをきちんと持っているし、やりたいことがしっかりある。だから、人のことを参考にはしても比べないタイプなんです。たぶん、自分の中で満ち足りているから、基本的にすべてを受け止められる。彼は、まさにセルフラブの人ですね。
─うなずかれていますね。
フクダ:そうですね。自分の中でやりたいことがはっきりしていますし、やりたくないことでやりたいことのクオリティが下がるなら選ばないようにしてきました。それが、自分をケアすることにつながっているのかもしれないです。
自分の内面を世の中に発表するのは、いつまでも100%納得できないし葛藤を抱えるけれど・・・
─セルフラブにおいて、自分の中のモヤモヤを言葉にするのは大切なことです。羊文学さんの楽曲は、自身を見つめて生まれた言葉が封印されていると感じます。塩塚さんは、どのように自分の気持ちを歌詞にされているのでしょうか?
塩塚:自分でも「本当に自分が書いたのかな?」と思うものもあって。何かの本に書いてあった「ものをつくる時は自分じゃなくて、自分の後ろについている2番目の神様が、別の次元でつくっている」という感覚に近いのかもしれません。神様かどうかは別として、自分の深いところから言葉が生まれてくる。なので、どうやって自分の中の言葉を見つけているのか聞かれても難しいんですけど……そうですね。思うのは、自分の中で美しい景色としてとっておきたいもの、悩んでいる自分に言ってあげたいことを歌詞にしていると思います。
─後々歌詞を見返して、自分でも驚くことはありますか?
塩塚:ありますね。そういうシーンで思い出すのは、『変身』という曲。実は、大学4年生の時に就職活動をしたんです。だけど、就活用のメイクとか黒髪マストとか、私が将来ずっと働く会社を探すのに、どうして自分を会社に合わせなきゃいけないのか違和感を感じていて。その時に書いた曲です。面接は私服で、結構強気で目立つ感じだったんですね。そんな中で1社内定をいただいて1年間働いたんですが、新入社員としてのルールに疑問は晴れなくて。悩んでいた時に『変身』を改めて聴いて、あの時のエネルギーだったり違和感を正しいと思えたりして、自分自身にすごく勇気づけられました。
─おふたりはモエカさんの歌詞をどう受け止められていますか?
フクダ:塩塚は、僕が1感じることを100くらいで受け取る豊かな感受性の持ち主。常に常識を疑いますし、考えている。『変身』もそうですけど、僕が見落としていたことに気づかせてくれるなと思います。
河西:決して背伸びしてないんですよね。モエカの生活があってこその歌詞だと感じるから、ありのままを受け止めています。
塩塚:私も話しちゃうんですよ。楽曲を作ったきっかけ、シチュエーション、見えている景色とか。ただ、自分の内面を世の中に発表するのは、いつまでも100%納得できないし葛藤を抱える部分も。そういう時に、ふたりなりに受け取ったことをサウンドにして、景色を見せてくれると心が軽くなります。
「今日は眠い」とか「肌の調子が悪い」とか、小さなことでも自分を大事にする
─素晴らしい関係性ですね。最後に、改めて「セルフラブ」としてやっていきたいこと、大事にしたいことを教えていただけますか。
塩塚:ミュージシャンだから、人前に出て、「こう思っています」と歌って、正解を知っている人のように思われることがあります。少しずつライブの規模や注目いただける機会も増えて、「うまくいっていますね」と言っていただいたりするんですけど……でも、私たちは一人の人間で、落ち込んだり泣いたり、自分に対して自信が全然持てない時もある。充実してそうな友人に話を聞くと「よく落ち込むよ」って言われて驚くように、みんなそれぞれに悩みはあるんですよね。
だから、うまくいかなくても、あまり思いつめすぎなくてもいいのかなと思うようになりました。自由な方向に向かっていくには自分でコントロールするしかないから、肯定できる方向を選択して進んでいきたいと、自分にも周りにも伝えたいです。
ゆりか:「今日は眠い」とか「肌の調子が悪い」とか、小さなことでも自分を大事にすることが、セルフラブなのかなと思いました。天気によって調子が変わってしまうのも当然だと思うので、モエカの言う通り、深く気にしすぎないようにしたいです。
フクダ:僕が今日改めて思ったのは、これまで大切にしてきた、好きなこと・やりたいことを貫くっていうのは大事なんだなということ。それは、みなさんにも譲らないで大切にしてもらいたいです。
それぞれのセルフラブの拠り所
─音楽、映画、本などのカルチャーもセルフラブのための拠り所になるんじゃないかと思います。それぞれ、拠り所にしているものは?
塩塚:私は映画館に行きます。何も考えずに、映画だけに集中できると、別の世界へ行ける感じがする。なるべく、おだやかそうなテーマの映画を選びますね。特に好きなのは『かもめ食堂』や『めがね』の荻上直子監督の作品。生きる上で大切なことを、押しつけがましくなく教えてくれる、私にとって大切な作品です。
河西:私は活字が拠り所です。映画もそうですけど、いったん現実から離れて、別の世界に飛び込むと心が回復する気がします。よく読み返すのは、村上春樹さんの短編集。想像する余白があっておもしろいです。
フクダ:僕は映画も音楽も漫画もサブカルチャー全般が大好きなので、いとうせいこうさんや水道橋博士さん、プロインタビュアーの吉田豪さんといった、カルチャー界隈で活躍されている方々の著作やおすすめを読むのが好きです。漫画だと魚喃キリコさんや岡崎京子さんが好きですね。
Text/Yoko Hasada
Photo/Kotetsu Nakazato
Edit/Yuri Abo(REING)
Interview/Riku(REING)