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これからの性教育の教科書 vol.1━大事なことは「RESPECT」。セックスとは、自分自身を見つめ直し、他者を深く理解すること。

「パートナーのセックスが一方的で嫌だ」

「今の職場は生理休暇がとりづらい」

「同性愛者というだけで、堂々とデートができない」

「『恋愛がわからない』と言っても理解されない」

 

本来ならば、恋する相手も、セックスに対する考え方も、身体のコンディションも、人それぞれ。だけど、今の社会や身近な人が理解してくれない━━そういった状況を生み出す原因の一つに、日本の性教育の遅れが挙げられる。

 

不定期連載「これからの性教育の教科書」では、古い固定観念や偏見を取り払い、誰かを思いやり自分自身も愛するための、とっておきの教科書を紹介していく。ここで取り上げる1冊は、きっと性や身体のことを学び直すきっかけとなるだろう。

 

今回は新大久保の書店<loneliness books>の潟見 陽さんが『RESPECT 男の子が知っておきたいセックスのすべて』をセレクト。この本の魅力を潟見さん、ライターの羽佐田瑶子さん、編集者の宮木快さんの3人が、それぞれの立場でレビューしていく。まずは、三者三様の意見に目を通し、気になる人は実際に本を手に取って欲しい。

Textbook 

『RESPECT 男の子が知っておきたいセックスのすべて』

 

インティ・シャベス・ペレス/著

重見大介/監修、みっつん/翻訳、ボブa.k.aえんちゃん/イラスト

 

スウェーデンの性教育者が2010年に出版したセックスの教科書(同国での性犯罪に関する刑性改正にともない2018年に増補改訂版が刊行)。2021年12月に日本語翻訳されたのが本書だ。10代の男の子向けとうたっているが、本書には「自分とは何か?」「愛とは何か?」といった本質的な問いから、「男の子とのセックス」「女の子とのセックス」についても綴られる。年齢もジェンダーも関係なくおすすめの1冊。1,980円/現代書館

Review #01 「性の教科書で涙腺が緩んだのは、初めてです」

文・潟見 陽(loneliness books店長)

2018年にスウェーデンで刊行された“男の子に向けた”性教育の本『Respekt』が、最近、日本語に翻訳され『RESPECT 男の子が知っておきたいセックスのすべて』というタイトルで出版されました。日本版オリジナルの可愛いイラストに惹かれてページをめくると、まずは誰もが思春期に悩みそうな、「自分の身体」「女の子の身体」「恋愛について」のことが章ごとに多様な観点で綴られています。

 

続いてこの本のタイトルにもなっている「リスペクト」の章。真ん中に「リスペクト」があるのが、この本の大切なところです。そもそもなぜこの本は“男の子に向けて”書かれているのか? 「リスペクト」について考えた時、今も続く男性優位社会の中で、女性がリスペクトなしに扱われたり、蔑まれたりすることは無視できません。そのことに男性側から向き合って、若い人たちに変えていってほしいという願いが、本書には託されています。

 

さて、ゲイである私が、この本を読んで感動したのは、セックスについてのいくつかの章です。それは「女の子とのセックス」と「男の子とのセックス」が自然に並列に書かれていたから。最初の「セックスの基本」では、“同意”の話からはじまって、次は当然、女の子とのセックスの具体的なことが書かれているのだろうとページをめくったら、そこに「ストレート?ゲイ?」という扉の見出しが……セックスの章で、同意の話の次に、セクシュアリティの話がくる、よくよく考えれば真っ当な順番だと思うのですが、そういう順番に慣れていなかったので、不意打ちをくらって、気づくと涙腺が緩んでいました。「ああ、この本を思春期の頃に読んでいたら、どれだけ気持ちが楽だったろう」と、遠い日の自分に手渡したくなりました。

 

性教育というと、まずは性感染症や妊娠のことから入るイメージがあったけれど、この本ではその話は最後に書かれています。それはもちろん大切な話、でもこの本を読むとそれよりも先に、自分を知ろうとすること、相手を尊重することが大切で、それが愛やセックス、大袈裟かもしれないけれど自分の人生や、この社会を少しでも楽しくするためのベースになるんだということを教えてくれます。早すぎることも、遅すぎることもないでしょう。この本が日本でもたくさんの人に読まれるといいなと思います。

潟見 陽/かたみ・よう

グラフィックデザイナー。2020年10月にアジアのZINEや雑誌を集めた書店<loneliness books>を新宿・大久保にオープン。Instagram:@lonelinessbooks

Review #02 「子供が性に対してなるべくフラットに育ってほしい。そう願う私にとって、味方のような存在です」

文・羽佐田瑶子(ライター)

1歳になってまもない子どもが保育園に入る際、道具やロッカーにつける「マーク」が園から割り当てられた。女の子はチューリップやリボン、男の子は飛行機やライオンといった明らかに性別を意識させるマークばかりで、生まれてすぐ「男の子」「女の子」が区別されることに愕然とした。わが子は「アザラシ」という比較的どちらでもないマークでホッとしたけれど、こうやって、幼い頃から社会がジェンダー規範を押し付けてくるのだと思った。

 

0から自分の身体や心を考える余裕なんて、持たせてくれない。しかし、自分自身の性の違和感に素直になれなかったら生きることは苦しいばかりだ。私の周りにも、そんな友達がいる。当たり前を疑って、自分に向き合うことが自尊心と周囲への優しさにつながると思うからこそ、立ち止まって自分を知ろうとしてほしい。そう願う心を、『RESPECT』は明るく照らしてくれるようだと頼もしく思った。

 

惹かれたのは、フラットな章立て。男の子に向けられた本ではあるが男女二元論で語らず、身体や恋愛、セックスについて順立てて自分の考えを整理できる道筋になっている。本書では、ストレートなのかゲイなのか考える章もあれば、男の子とのセックスと女の子とのセックスを別々の章に分けて丁寧に解説する。そうすることで、あらゆる性自認のグラデーションに居場所を作、一から丁寧に性愛について考える機会を読み手に与えてくれるように感じた。その、誰も置いていかない文章に、あたたかい気持ちになった。

 

「(セックスが)うまくいく秘訣はただひとつ、自分の許容範囲を知り、望まないことは無理にしないこと。同時に、パートナーのサインを見きわめ、いつだって真剣に受け止めるんだ」

(「セックスの基本」より)

 

性教育の根底に大事なのは原題でもある「リスペクト」の気持ちだと、本書を読んで改めて思う。どんな関係、立場であっても相手を尊重することが互いを理解し、生きやすい社会につながる。それは恋愛やセックス以外でも、他者との関わりの中で欠かせない価値観であり、本書で語られる言葉は様々な場面で当てはまることが多いと思う。

 

私と子供が、どこまでの話題を交わせる関係になるかはわからない。相手に無理をさせるつもりはないけれど、なるべく性に対してフラットな子供に育ってほしいと思うときに、この本が本棚にあるだけで味方ができたような気持ちになった。恋愛に限らず自分に悩むことがあれば、この本から学ぶことはたくさんあるはず。あらゆるあなたの価値観を肯定して、自分らしい愛し方を模索できる本だと思うから。

羽佐田瑶子/はさだ・ようこ

1987年生まれ、ライター。主に映画、アイドル、ジェンダー関連のインタビュー、コラムを『QuickJapan』『BRUTUS』などで執筆。性教育をテーマにしたポッドキャストも準備中。Twitter:@yoko_hasada

Review #03 「“男らしさ”の抑圧を嫌悪し、フェミニズムを学び、内省し、権利や平等に声をあげる友人達と連帯する━━読みながら、私自身の原体験を思い出しました」

文・宮木 快(編集者)

リスペクトし合い、対等な関係性を持った上でコミュニケーションする。その手段の1つにセックスがある。本書の特徴は性知識だけではない、「人との交わり」としてのセックスを教えてくれることだと思う。

 

印象に残っているのは最初の章。「自分のこと」が冒頭に来ていることに意図を感じた。読者対象は10代の男性なので、社会的な構造において女性やLGBTQ+などマイノリティーが抑圧されている、と伝えてもすぐに自分ごと化はすぐにしづらいこともあるだろう。まずは自分が受けている抑圧を知り、自分が参考にしていたポルノなどの情報が誤っているかもしれないと気づく。それから次章「女の子のこと」を知った上で、4章「リスペクト」で性被害の実態、性役割に基づく差別や偏見などの、リスペクトの欠如への向き合い方を詳しく知っていく。

 

振り返ると、この流れは私の原体験とも重なっていた。日々受ける「男らしさ」からの抑圧を嫌悪しながらも「クエスチョニング(*1)」(自分の抱く性・好きになる性が決まっていないセクシュアリティ)というセクシュアリティに出会い、同時期に自身が持つ特権に気づき始めた。フェミニズムを学び、内省し、権利や平等に声をあげる友人達と共に連帯するまでの過程と似ていたのである。もちろん必ずしも順番に読むべきとは思わないが、自分の痛みの根源を知ることで、他者への痛みに対してエンパシーを感じることができるようになるかもしれない。

 

また、6章では「何が自然?」という問いから男女二元論的でなく、LGBTQ+やホモフォビア(*2)(同性愛嫌悪)について触れられている。このように多方への学びが深まっていくのも本書の良いところだと思う。フォーカスは男の子だけど、もちろん年齢性別関係なく学びを得られるのではないか。むしろ、昨今では若い世代の方がSNSやインターネットを駆使して性にまつわる様々な情報を得られている側面もあると思うので、そういった意味では、すでに成人している社会人や学生など多くの人にも読んでもらいたい。自分についてのことやリスペクトの意味を知るところから、他者、セックス、性的同意年齢、法整備やスウェーデンと日本の比較など…共に成長していける”辞典”のようなこの本とセックス、性のこと、学んでみませんか。

みやき・かい

1998年生まれ。エディター。主にジェンダー、環境についての記事編集・執筆の他、気候変動プロジェクトなどに参画。社会に溢れる「選択」にまつわるZINEも製作中。Instagram:@1998kg519

Discover your next read━━次に読む本を見つけよう

loneliness booksの潟見さんにオススメの性教育の教科書を選んでいただきました。こちらの本は、店頭はもちろんネットショップでも購入することができます。

 

絵本『すきって いわなきゃ だめ?』(写真左上)は、同性の友だちを「すき」になった少年の気持ちを、小説家の辻村深月が瑞々しく書き、漫画家の今日マチ子が軽やかなタッチで描く。誰かを「すき」だと思った時のとまどいや、うれしさが溢れる1冊。1,650円/岩崎書店刊

 

https://qpptokyo.com/items/5ea9a5e834ef012d54768212

 

昨年翻訳版が発売された韓国の絵本『女の子だから、男の子だからをなくす本』(写真中央上)は「女の子はリーダーになれない」 「男の子は泣いてはいけない」といった性別によって行動が決められていく“きめつけ”への違和感から解放される術をカラフルなイラストと共に教える。2,200円/etc.books

 

https://qpptokyo.com/items/604bc3962438606621020cfb

 

韓国の漫画家・ク・ジョンインの作品『秘密を語る時間 』(写真右上)は幼い頃に体験した被害を“秘密”に抱えてくらす中学生のウンソの日常を描く。最後に描かれる一筋の希望は悩める子供たちにこそ読んでもらいたい。映画『はちどり』の監督キム・ボラも絶賛。1,540円/柏書房

 

https://qpptokyo.com/items/61c620aa2ee5c24d63f371c8

 

台湾のイラストレーター・Sasayaが動物たちのセックスや愛のかたちを描く絵本『動物腥球圖鑑 ANIMAL PAPAPA』(写真下)。同性同士のセックスもあれば、そもそもしない動物だっている。他種の営みを可愛いイラストで見ていると、自分が持っていたセックス固定概念ってチッポケなものだなと思えてくる1冊。3,080円/大塊文化

 

https://qpptokyo.com/items/60461b9caaf0431fb40d6aa4

  • *1クエスチョニングとは、性自認(自分の性をどのように認識しているか)や性的指向(好きになる相手の性)が定まっていない、また意図的に定めていないセクシュアリティを意味する。LGBTQの「Q」はQuestioningもしくはQueer(性的マイノリティや、既存の性のカテゴリに当てはまらない人々の総称)とされている。

     

    *2 ホモフォビアとは、同性愛、または同性愛者に対する差別・偏見・拒絶・恐怖感・嫌悪感、または宗教的教義などに基づいた否定的な価値観を持つこと。

Photo/Shin Hamada

Edit/Eisuke Onda

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