「HPVワクチンが誤解されているのは、しかたなくない」学生団体 Vcanインタビュー
3月4日は「国際HPV啓発デー」。人の皮膚や粘膜に感染するウイルスで、子宮頸がんの主な原因となるHPVについて広く知ってもらうための国際的なキャンペーンです。日本ではHPVワクチンの積極的接種勧奨が2021年11月より再開、加えて、2022年4月からキャッチアップ接種が開始されることが決まり、HPVワクチンに関する正確な情報の需要が高まっています。
子宮頸がんだけでなく、中咽頭がんや陰茎がんなどの病気の予防においても効果が期待されるHPVワクチン。世界の国々が高い接種率を実現する中で、なぜ日本ではあまり知られていないのでしょうか。今回は、若者に命を守る選択肢を知ってもらおうと、HPVワクチンに関する発信を行う学生団体 Vcanの二人にお話を伺いました。
石本樹生(写真右)
Vcan共同代表・大学3年生。多くの人がワクチンのことを知らぬままに病気から身を守る機会を失う状況を変えたいと思い、男性を含めた全ての人がHPVについて話し合える社会づくりを目指している。
中島花音(写真中央)
Vcan共同代表・大学2年生。中高生がHPVについて正しい知識を得ないまま大人になる状況に課題意識を感じている。より多くの人に適切な情報を届けるにはどうしたらいいのか、医療とメディアのより良い関係を模索中。
公式サイト:https://www.vcan-hpv.org
公式Instagram:https://www.instagram.com/vcan_official_/
ー 活動について教えてください。
中島:Vcanは、「若者がHPVワクチン(子宮頸がんワクチン)に対して主体的に考えられる環境を作る」「若者の力でHPVワクチンを取り巻く社会を変える」を目標に掲げて活動する学生団体です。私たちのスタンスは単にHPVワクチンを打つことを推奨するのではなく、HPVワクチンに関する正しい情報をもとに自分で接種するか判断できる社会を目指すこと。メンバーは全国の大学生から構成されていて、現役の産婦人科医師に監修してもらいながら、根拠のある情報を当事者に提供できるよう活動しています。
石本:現在は、Vcanの公式TwitterやInstagramを中心に発信をおこなっています。「HPVに関する若者のための教科書」をテーマに、できるだけ身近に感じられるようなポップさも意識しています。
ー お二人はどのような経緯で活動を始めたのですか?
中島:中高生時代、HPVワクチンを打った女の子が体調不良を訴えるニュースが報道され、「HPVワクチン=怖いワクチン」という認識が広まっていました。その後、大規模な研究によって、報道された症状とHPVワクチンには因果関係が認められないことが明らかになったのですが、当時の私はメディアの情報を鵜吞みにしたのか、HPVは受けなくていいもの、自分には関係がないと思っていて、定期接種(*1)も受けていなくて。でも大学生になった時に医学部に通っていた姉にHPVワクチンのことを教えてもらいました。自分でも勉強するうちに、HPVワクチンが子宮頸がんだけでなく他のがんも予防できることを知り、ワクチンを打ちたいと思うようになりました。私は自費で接種しましたが、当時、HPVワクチンについての情報を自分で収集して、結果的に接種すると決めた子は周りにほとんどいませんでした。そもそもHPVワクチンのことを知らない人も多かったので、「このままでは私の友達が子宮頸がんになってしまう」「自分の大切な人に、若くして命を落とす、妊娠できなくなる、などの悲しい思いをしてほしくない」と思ったのがVcanを立ち上げた理由です。
石本:僕も医学部に通っているのですが、まず医学的な技術として、命を落とす可能性のあるひとつのがんを予防できるのはすごいことだと思いました。子宮頸がんの原因のほとんどがHPV(ヒトパピローマウイルス)なので、HPV感染を予防することに加えて、検診によって早期発見・早期治療をすることで子宮頸がんを撲滅できる可能性が非常に高いと言われているんです。海外では女性も男性も普通にワクチンを打ってるのに、日本では全然普及していない。HPVのことが気になって色々調べるうちに、HPVが性行為で感染することや、中咽頭がん、陰茎がん、尖圭コンジローマなどの男性がかかり得る病気も予防できると考えられていることを知り、HPVワクチンは男性にも関係あるものだと思うようになりました。Vcanはメンバーの男女比が1 : 1です。男性が共同代表となることで男性にも関係があるのだと世間に発信できるのではないかと考えています。
ー HPVワクチンが抱える課題にはどんなものがあると思いますか?
石本:色々ありますが、最近話しているうちに出てきたのは親子の視点の違いです。子供がHPVワクチンを打ちたいと言っても、親が反対すると子供だけでは打ちに行けない。そういう声を結構聞きます。親世代は自分の子供のことを考えながら当時の報道を見ていたので、強い副反応が出るのが怖いという印象を持ってる人が多いのかもしれません。一方で子供の方は何も知らなくて、副反応疑いに関する報道があったことすら知らない人も多い気がします。
中島:私自身、HPVワクチンを接種したいと言った時に母親に「積極的に打つことはないんじゃない?」と反対されました。副反応の可能性について大きく報道された時、母は提出された症状の件数以上にたくさんの子供が被害に合っているのではないかという肌感だったそうです。でも実際に私が接種して、自分がやりたい活動について話した時には「あ、そうなんや」という感じで反対されることはなくなりました。
石本:僕が活動について親に話した時は、両親はHPVワクチンについてあまり知らないみたいでした。ワクチン接種の積極的接種勧奨が中止されたものの、少し前から定期接種を受けられるようになっていました。でも両親はそういうことも全然知らなくて。ちょうど妹が定期接種の年齢を過ぎてしまっていたので、僕の話を聞いた時も「めっちゃ損やん」みたいな感じでしたね。
中島:両親の説得には他にもハードルがあると思います。例えばHPVの感染経路が性的な接触なので、日本の古典的な家族観や考え方だと性の話を話しづらいということ。これは家族だけじゃなくて、友達同士でもどのように話を切り出したらいいのかわからないと言った声を聞きます。私の友達はワクチン接種に批判的だった親御さんを説得するためにVcanのコンテンツを見せたと教えてくれました。とあるVcanメンバーは、パートナーに私たちの投稿を送って、男性もHPVに関係があることを知らせたみたいです。自分では言葉にしづらい時に、シェアするだけで相手に情報が伝わる投稿を作っていきたいと思っています。
ー 男性がHPVワクチンに関係があると、知らない人も多いと思います。やはりこの認識はあまり広がっていないのでしょうか?
中島:先日、HPVワクチンに興味がある高校生を対象に授業をしてきたのですが、「男性が打っていいものだとは知らなかった」といった声が多かったですね。
石本:やっぱり、「子宮頸がんワクチン=女性だけの問題」という風潮が日本にあったのではないかと思います。それに加えて男性は定期接種の対象ではないので、ワクチンを打とうと思うと5〜10万円ほどの費用がかかってくるんです。大学生がそれを払うのってあまり現実的じゃないですよね。
中島:HPVワクチンは海外では男性も普通に打つものだし、男性のがんも予防できると知って、「これは僕たちにも関係のあることだ」と考えて参加しているメンバーも多いですね。
石本:今はワクチンの供給が足りていない問題があるので、女性の接種が優先されているのが現状です。でも、男性にも関係があるのだと認知が広がれば、男性も打ちたいと考えるようになるはず。そうしたらもっと大きなムーブメントになって、世論が形成されて、男性への定期接種化も進む。そんな未来をつくりたいです。
中島:HPVワクチンの問題を本当に変えていこうと思うならば、日本全国の老若男女が当事者意識を持つ必要があると思います。この前HPVワクチンに関心を持つ30代の男性とお話する機会がありました。関心の理由を聞いたら、「今4歳の娘が定期接種の対象になる12歳までにはこの現状を変えたいと思ったから」とおっしゃっていました。4月から定期接種に加えてキャッチアップ接種(*2)も始まりますが、狭い意味での当事者は定期接種の12歳から16歳の女子と、キャッチアップ接種の17歳から25歳の女子と、その保護者。でも本当は全ての人が当事者になる話だと考えています。
ー HPVワクチンの普及に関して、いろいろな課題があるのだと感じました。そんななかで、お二人が考える「#しかたなくない」を教えてください。
石本:僕は「知らないことで命を落とすのは、#しかたなくない」。「知で自分の命を守るんや」というVcanのビジョンとも繋がりますが、正しい情報を知って、実際に行動が変わり、ワクチンを打ったり子宮頸がん検診にちゃんと行くことができれば、防げたかもしれない病気にかかって亡くなってしまうこともない。子宮頸がんによって今も年間約3,000人が亡くなっていますが、それほど多くの人が亡くなっている状況は全然しかたなくないと思います。
中島:私は「HPVワクチンが他人ごととして捉えられているのは、#しかたなくない」です。理由は先ほどもお話した通り、HPVワクチンを自分にも関係することだと捉えている女の子があまりにも少ないから。私も大学生になるまではHPVワクチンを自分ごとだと思えていませんでした。私の母はHPVに感染する子は性に奔放な子だと思っていたようです。中学生だった頃に、母から「そういう子にはなってほしくないから受けなくていいよね」と言われたことがあります。当時は分からないことも多くて、「まあ、そうなんかな」と流してしまったのですが、実際は女性の80%が一生のうちに感染すると言われているほどありふれているのがHPVです。性別に関係なく当事者意識を持つ人が増えれば 、HPVワクチンの重要性や効果についての認知も広まりますし、それが実際に自分の命を守る行動、つまりワクチンを接種することにもつながるのではないかと考えています。
石本:僕たちが若い人たちを対象に情報提供を行っているのは、そうすることによって親と命を守る選択肢について話し合うチャンスになると考えるからです。正直、若い時に自分の健康の将来的なリスクを長期的に考えるのって難しいと思うんです。みんなやりたいことも、やらないといけないこともいっぱいあって、その中でHPVワクチンが入り込む隙間がないというか。でもHPVワクチンのキャッチアップ世代(1997年度~2005年度生まれ)でもあり、これから親になっていく僕たちの発信はすごく大事になるはず。今の20代の人たちが正しい知識を知っていれば、未来の子供たちに正しい選択肢を与えられます。HPVワクチンは本当にいろんな意味でみんなが知るべきものだし、知って話し合うべき問題だと考えています。
*1 定期接種:予防接種法では、疾病の発生及びまん延の予防という観点から、投与することでベネフィットがリスクを最も上回ると期待できる者を定期接種の対象者として定めている。
*2 キャッチアップ接種:HPVワクチンの接種推奨再開に伴い、積極的な推奨を中止していた期間に接種機会を逃した1997年度~2005年度生まれの女性に対して、公平な接種機会を確保する観点から公費で接種する運用を決めた。
Text/Maki Kinoshita(REING)
Edit/Yuri Abo(REING)
Photo/Shintaro Takada