「しかたない」と我慢して、モヤモヤしてしまう心にそっと寄り添い、
私たちに「自由な気持ち」や「解放感」をもたらしてくれる
音楽、映画、小説、漫画、ドラマ…….。
4人の“カルチャー通”に選んでいただいた。
セレクタープロフィール
小田部 仁(おたべ・じん)/ライター、編集者
国内外の音楽や映画などのエンタメを中心に各種媒体で執筆、編集、翻訳等を務める。「ただ話を訊く」プロジェクト、“Talk To Me” 主宰。
UMMMI.(うみ)/映像クリエイター
愛やジェンダー、個人と社会の歴史にまつわる映像を制作。雑誌『SPUR』(集英社)で音楽を紹介する『UMMMI.の社会とアタシをつなぐ音』を連載中。
トミヤマ ユキコ/ライター、マンガ研究者
著書に少女マンガにおけるルッキズムを考察した『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)や、現代の夫婦像を読み解く『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)など。
ゆっきゅん/アイドル、モデル
アイドルユニット・電影と少年CQのメンバーでDIVA。芸能活動の他にも雑誌などで映画評を執筆。イラストレーターの水野しずと新雑誌『imaginary』(夢眠舎)を今冬創刊予定。
01.Documentary:『ブリトニー対スピアーズー後見人裁判の行方ー』
法制度と家父長制が奪った、一人の女性の「自由」。
2021年にNetflixで独占配信。監督のエリン・リー・カーと、長年ブリトニーを取材してきた音楽ライターのジェニー・エリスキューが独占インタビューと極秘情報をもとに、後見人裁判の裏側を追うドキュメンタリー。
©️AP/アフロ
2000年代中頃からブリトニー・スピアーズが離婚や親権剥奪など数々のスキャンダルに見舞われたことは広く知られているが、2008年以降、彼女が精神的な病を理由に「成年後見制度」という制度の下、実の父親であるジェイミー・スピアーズに財産や生活のあらゆることについて決定権を握られてきたという事実は、ネット上で「#FreeBritney」というハッシュタグ・ムーヴメントが本格化するまで、あまり認知されてこなかった。年間何百万ドルもの莫大な利益を稼ぎ出すのにもかかわらず、本人は月に8000ドル程度の小遣いしか与えられない。その上、IUD(子宮内避妊器具)の着用を強要され、自分の意思では妊娠することもかなわない。この身の毛もよだつような人権侵害が、本来であれば人を守り救うはずの制度を盾に行われたということ、そしてそれが実の父親によるものだったという事実が、家父長制の亡霊が悪を為す様をみるようで恐ろしい。現在も解決に向けてまだ進行しているこの問題から学ぶべき、反省すべきトピックスは数え切れない。(文・小田部仁)
02.Comic:『当然してなきゃだめですか?』シモダアサミ
性を対話するヒントが詰まった一冊。
男女の「性」にまつわる悩みと対話を収録したセラピー・ラブコメディ。『中学性日記』『女の解体新書』の作者・シモダアサミが、人間と性の向き合い方を淡々としたトーンで掬い上げる。祥伝社/1,012円
©シモダアサミ/祥伝社フィールコミックス
誰にとっても、性の話題を「大変だよね」「わかるわかる」と気軽に話せる場所がとても大事だ。『当然してなきゃだめですか?』は、パートナーとのセックスで「イケない」女性や、不特定多数と関係を持ってしまう人、セックスレスの夫婦など、性にまつわる悩みを持つ人々をとてもフラットに描いている。登場人物たちが平熱で性の話をする漫画って意外と少ない。なかなか性の悩みを共有できなくて悩んでいる方(特に男性!)にとって、この作品が会話のきっかけになってくれたらと願う。主人公である、ティーンズラブを専門に描く漫画家は、自身が処女であることに悩みつつも最後までセックスをしない。「しない」という選択もまたアリなのだということが説得力をもって描かれていることも画期的だ。必ずしなきゃいけないものじゃないし、しないなりの幸せもあるはず。性と自由に向き合うための前向きなヒントが、この漫画にはたくさん転がっています。(談・トミヤマユキコ)
03.Music:「口に出して」Awich
自立して掴みたい、自由で平等な愛。
力強い歌声と、個人のアイデンティティや社会に対する痛切な批判をラップするAwichのシングル『口に出して』。14人の女性がボクシングジムで鍛えるMVも必見。ユニバーサルミュージック/各種サブスクで配信中。
ⓒユニバーサル ミュージック
もうこんなにがんばって働きたくない、ずっとここにいさせてよ、と生きることに疲れ果てて目の前の人に懇願してみることもあるけれど、この曲を聴いていると、がんばってブチ稼いで、対等な関係性のまま愛してる男とセックスをすることはこの世の極上、大人の女になってゆくのは最高だなって気がしてくる。性に対する女性のあるべき形、みたいなものがAwichの「口に出して」では逆転しているのがいい。自立してるからこそ選べる素直な選択もあるんだろうなって想像する。働いて金を稼ぐことで、「本当に」愛する相手がどんどん明確になっていくのがいい。アタシもとにかく景気のいい女になって“私とやればなれるSuper Saiyan”って一度でいいからいつか言ってみたいよ。あと、この曲のビートのクラップが良すぎ。どんどん拍手してアタシたちを祝福して。(文・UMMMI.)
04.Music:「さよなら「友達にはなりたくないの」」後藤真希
我慢している私に気づける名曲。
モーニング娘。に在籍していた後藤真希が2004年にリリースした12枚目のシングル『さよなら「友達にはなりたくないの」』。切ない恋愛の終わりと、その先の自由を歌う。PICCOLO TOWN/1100円
後藤真希は元々好きだし、『さよなら「友達にはなりたくないの」』も元々何度も聴いていた大好きな歌だった。でも2年くらい前に新宿駅の東南口あたりを歩きながらたまたまこの曲を聴いていたとき、急に「さよなら さよなら さよなら さようなら がんばった 私に さよなら」という歌詞がズドーンと自分の中に入ってきて衝撃を受けた。うわあああ、と思った。我慢というのは、それが我慢と気づけているならもう、次のステップに進んでいる。自分は我慢をしていたんだ、という事実に向き合えるかどうかが大事なのである。私はこの時、もう何のことだか忘れたけど、何かを頑張っていたらしい。おそらく、冷静に考えたら頑張らなくていいことだった。頑張っちゃってた……それは我慢。やりたいことしかやりたくないって感じで生きてるつもりだったのになあ。そんなことに急に気づかされて、困惑して、現状を把握することができた。名曲。(文・ゆっきゅん)
05.Music:『Kid Krow』コナン・グレイ
優しくならなきゃ、世界は破滅する。
コナン・グレイが2020年3月にリリースしたデビューアルバム。全米アルバムチャートで初登場5位に輝く。ファッションアイコンとしてもカリスマ性を発揮。ユニバーサルミュージック/各種サブスクで配信中。
ⓒユニバーサル ミュージック
そもそもアーティストとは、人が感じる「痛み」や「喜び」、あるいは時代に対する視座を「芸術」という形に昇華することに長けた人たちのことを指すのだから、彼らの表現に触れて、自分が囚われている現実や凝り固まった価値観から解き放たれたような感覚を覚えるのは当然といえば当然だが、昨今、筆者は特にZ世代と呼称される若い世代の音楽家たちのメランコリックで、無防備で、イノセントな表現に解き放たれている。その中でも特にコナン・グレイの音楽が胸に迫るのは、コナンが自らの性的指向やメンタルヘルスに関して「普通とは異なるという葛藤」を歌うのではなく、「そもそもこれは自分たちにとって普通なことである」という前提のもとに、混乱した感情やどうにもならない事象そのものを描き出そうとしているからだ。その手付きや語り口は、親密で、実に優しく慈愛に満ちている。それを「ナイーヴ」と嗤う元気は少なくとも筆者にはもうないし、この歪んで疲弊した世の中にも本当はないはず。みんな優しくなって、自由になろうよ。(文・小田部仁)
06.Movie:『レット・ザ・サンシャイン・イン』
不自由な役割を脱ぎ捨てた生き方。
2017年に公開されたフランス映画。監督&脚本はクレール・ドゥニ。アーティストでシングルマザーのイザベルが真実の愛を求める物語。写真提供=アンスティチュ・フランセ日本。
ⓒDR
解放される、という言葉を聞いた時に浮かんだ映画がクレール・ドゥニの『レット・ザ・サンシャイン・イン』だった。ジュリエット・ビノシュ演じるこの映画の主人公イザベルは、どこまでも自由で、悲しくて、滑稽だ。自由というのは、どこにでも行けるという不安定さの中で約束されたものなんだってことを思い出してしまう。着脱のしにくいロングブーツを履いて、次々と色んな男と過ごす彼女の涙と官能にあてられてしまう。できることなら社会性とか定められた女性としての役割なんてイザベルの脱ぎ捨てるロングブーツみたいに思いきり脱ぎ捨てて、全部引き受けるから不安定さの中の自由を生きてゆきたい。ババアになっても死ぬまで解放されたままでいたい。(文・UMMMI.)
07.Movie:『パッドマン 5億人の女性を救った男』
生理の壁に踏み込む男の戦い。
2018年公開。インドでは高価だった生理用ナプキンが買えない妻のため、低価格で清潔なナプキンの開発に奔走した実在の人物、アルナーチャラム・ムルガナンダム氏をモデルにした作品。DVDは4,180円で発売中。 発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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フェミニズムを理解しはじめた男性の中にも、困っている女性を助けるために具体的にどう行動すればいいのかわからない人は多いと思う。不用意に近づいたら女性に恐怖を感じさせてしまうかも……と思い、なかなか踏み出せない、という声をよく耳にする。『パッドマン』は、そういう男性たちにぜひ観てほしい作品だ。主人公・ラクシュミが生理用ナプキンの開発に情熱を注ぐ姿には、女性の性の問題に男性がアプローチするときのトライ&エラーのすべてが描かれている。周囲の視線や社会のルールを無視してガンガン問題に踏み込んでいくから「おっ、落ち着いて!」と思う場面もいっぱいある(笑)。一方で、それくらいの大胆さがないと生理用ナプキンの開発で多くの女性を救うなんて凄いことはできないんだろうなとも思う。とんでもない勘違いも、派手な失敗も、彼が代わりに経験してくれているから、この作品は女性のよきサポーターになりたい全ての男性にとってすごくいいサンプルになるはず。(談・トミヤマユキコ)
08.Book:『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子
暗闇を越えた女が聞いた“音”。
世界的作家・川上未映子の短編集。さまざまな境遇に置かれた4人の女性に訪れる救済の顕現を描く。新潮社/画像は単行本1,540円。今年の4月には新潮文庫より文庫版(539円)も発売された。
川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』(新潮社刊)
「ほら、物が壊されるときって独特の音がするじゃないですか」「ただ壊れていくことと、壊されるということは、別のことなんです。今度、注意して聴いてみてください。きっとわかりますから」━━取り壊される家を眺める女が口にしたその音。今まで生きてきて決して意識したことがなかった「壊される音」は、取り壊される家の工事からのみ聞こえるものではない。私たちは、ただ耳を澄ましていなかったのかもしれない。だって自分の何かが壊されようとしているかもしれないことに向き合うなんて、すごく疲れることだから。でも主人公は暗闇を乗り越えたのち、その音をたしかに聴くんだよ、それがいい。っていうか音の描写だけじゃなくて視覚的描写もどこを取ってもこの小説はなんかすごい。何も言えんすごさ。ずっと蓋をしていたものが急に、でも丁寧に溢れ出して奇跡みたいにずっと輝いている。あの音が聞こえなかった過去には、もう戻れないことが美しい。(文・ゆっきゅん)
Edit/Eisuke Onda
Text/Daiki Yamamoto