TOPICSINTERVIEW

長く働ける花屋であるために、一人ひとりが無理をしないお店作り。逗子の花屋・橘インタビュー

「一人ひとりが無理しない」を第一に、誰もが健やかに働くことができ、

アイデアを気軽に話せる環境を作りあげている

逗子の花屋「橘(たちばな)」の店主である橘優子さん。

スタッフの加奈子さん、よしのさんとともに、

これまでのキャリアや現在の働き方について伺いました。

旬のもの、良いもの、愉快なもの

神奈川県逗子市逗子7-3-44-1F

営業日:月〜日 10:00〜18:00 ※不定休

https://tachibana.florist/

旧姓と結婚後の苗字、どちらで働くか悩み、母の旧姓を店名に。

—優子さんはもともと広告制作会社に勤められていたそうですが、なぜ「橘」を始めたのでしょう?

 

優子:広告の仕事は楽しく、天職だと感じていました。でも身体を壊してしまったことをきっかけに、「女性の身体で、このやり方を続けることはできない」と判断し、まったく別の業種で今までのことを生かしてみたいと考えました。それで、何をやろうか考えたときに、花屋がおもしろそうだと思ったんです。花屋は、お店によって世界観の違いはあるけれど、飲食店などに比べると売り方が画一的で、あまり多様ではないと感じていました。また、普段はものを選ぶのにこだわりを持っている友人デザイナーの男性たちが口を揃えて、「花屋でどうやって花を選んだらいいかわからない」と話していたのも印象に残っていたんです。花の好き嫌いに性別は関係ないですし、社会的にも昔は男性が武士のたしなみとして生け花をやっていた歴史もあります。だから性別を問わず気軽に入れて、「ここに来たらおもしろいものが見られる」という花屋を作りたいと思いました。表参道の「ディリジェンスパーラー」に勤め、出産後すぐに自宅の近くで「橘」をオープンしました。

店主の橘優子さん

—店名の「橘」はお母様の旧姓で、お店ではスタッフ全員が橘姓を名乗るそうですね。

優子:はい。ずっと旧姓の「高田」で仕事をしてきたので、旧姓のままで働こうかなとも思ったのですが、結婚後に出会ったご近所さんも来るだろうし……とか、独立してもなお旧姓を名乗り続けることをどう説明したら……とか、考えてしまって。そのうちに、女性ばかりが苗字に悩まなきゃいけないこと自体にすごく腹が立ってきて、えーい! と、どっちでもない母の旧姓にしました。

加奈子:私は夫がブラジル人で国際結婚なので苗字が選べるんですよ。私は「林」なんですけど、林ってよくある苗字だし、全然こだわりがなかったんです。ただ、夫の苗字が長いので、日本で口座やカードを作るときに文字枠に入りきらない問題があり、とりあえず日本で生活しやすくするために林のままにしていて。そんな中で、優子さんに「ここでは橘だよ」と言ってもらえて、「新しい苗字をゲットできた!」と思っていました。

橘加奈子さん

よしの:私は、橘よしのを名乗ることで違う自分になれるというか、普段の自分よりもちょっと勇気を持っていろいろな挑戦ができる気がします。

橘よしのさん

一人ひとりがとにかく「無理しない」。身体やライフスタイルが変化しても長く働ける場所を作りたい。

加奈子:私は一般企業で働いていたときに、前の先輩からの引き継ぎで朝のお茶汲みを教わり、来客時も私がお茶出し。女性だけに制服があったのですが、着替えの時間は勤退に入らない。ずっとそこで働く想像ができませんでした。

 

よしの:以前の職場は残業するのが当たり前、自分の仕事が終わっても帰れない、「みんな残ってるんだから残れ」みたいな風潮がありました。そんな働き方に誰もが疑問を感じていたはずなのに、言えるはずもなく。

 

優子:日本では、たとえ怒る人やとがめる人がいなかったとしても、自発的にルールを守る人が多いですよね。その姿勢がいい場合もあるけれど、一方で、無理することが真面目で勤勉な良さとして語られることもあり、それは不思議に思います。橘をオープンした当初は子どもの保育園の時間に合わせて閉店時間を決めていたんですけど、何人かのお客様に「閉まるのが早いからなかなか行けない」と言われて。閉店時間を延ばしたらお客様の希望に応えられるけど、そこで無理したら家庭内のスケジュールが崩れてしまうし、お店を続けられなくなる可能性もあります。個人商店だからということもありますが、「すみません、実は保育園の時間の関係で……」とお話しすると、お客様も「それはしょうがないね」と言ってくださったりして、とてもありがたいことだと感じました。他にも子どもがいるスタッフがいますし、全員が持続可能な働き方をするために、やれないことはやらない! と割り切ってスタートしました。残業は起こらないように、花の品質に影響しない範囲で、「やらなくていい作業」を細かく決めています。

 

よしの:私は半年後に入ったのですが、自分の場合は働きたい盛りというか、なるべくたくさん仕事をしていろいろな経験を積みたかったんです。それをあるときに優子さんに話したら、「じゃあ私は早上がりになるけど、残れる人で店を閉めてもらうことにして、試しに閉店時間を延ばしてみよう」と。お店としても今まで来られなかったお客様が足を運んでくれるようになって良かったですし、そもそも私の都合なのに柔軟に対応してくれて、「希望はどんどん伝えていいんだ、変わることは悪いことではないんだ」と思えるようになりました。今は働き方についてはもちろん、未熟な私でさえもお店作りについて様々なアイデアを出させてもらっています!

 

優子:アイデアや意見を持っているならぜひ議論したいし、その実現の積み重ねによって「環境は自分たちで作ればいい」って思えるようになりますよね。大切にしているのは、一人ひとりがとにかく「無理しない」ことと、身体やライフスタイルが変化しても長く働ける場所を作ること。プライベートを含めて何も諦めずに、やりがいを感じながら花に関わっていたい人が長く働ける組織を作りたいんです。

生理や妊娠で身体は変わる。無理をしなくても良い仕事が実現できる仕組みが大切。

加奈子:私は以前不妊治療をしていたのですが、橘で働き始めてからやっぱり子どもがほしくて治療を再開したかったんです。ご迷惑おかけするなと思ったのですが、優子さんは「頑張ってね」と応援してくれて体制を整えてくれました。予期せず忙しいときにまさかの自然妊娠だったのですが、喜んでくれて体調を気遣っていただけたのがとても嬉しかったです。「産後に戻ってきてほしい」とも言ってくださったのですが、そもそも橘に戻らないという考えが全然なかったです。

 

優子:お客様が相手の仕事ではありますが、他のスタッフにもすぐ「体調悪い? 座って!」って言います(笑)。私はPMSもかなり酷く、制作会社時代は男の先輩にも「今日生理なんで無理です」と言っていました……(笑)。我慢して、「大丈夫なんだな」と思われるのも良くないというか、女性の体の都合を知ってもらいたいという意図がありました。「お……おぉ!」と受け止めてくれた先輩はさすがでした。

 

よしの:私は正直、「仕事だし生理くらい我慢しなきゃ」と思い込んでいた部分があって、橘で働くまでは辛くてもただただ我慢していました。今のパートナーは女性の身体に対しての知識をしっかり学んでケアをしてくれるので、すごく大事にされていると感じます。以前は話すことをためらっていた部分がありましたが、今はナチュラルに話せるのが嬉しいです。

 

—我慢し続けている人や違和感を声に出せない人たちもたくさんいると思いますが、どうしたら健やかに生き、心地良く働いていけると思いますか?

 

加奈子:妊娠してお腹が大きくなっても電車で席を譲ってもらえないということを経験して、それぞれの人がいろんなところで無理して疲れているんだと思うけど、余裕がなくなるまで働かなければいけない日本社会の深刻さを体感したんです。もっと自分を大切にできたら、人にも優しくできると思うし、まずは自分の周りから無理しない環境を作っていくのが大事だと思います。

 

優子:私も前職では「子どもの都合で早退します」という人を見て、「一流じゃない」と思っていたところが正直ありました。疲れすぎて、電車で席を譲れなかったこともたくさんあります。若かったのもありますが、本当にいいものを作ろうと思ったら時間をかけるべきだという気持ちから明け方まで仕事をして、それだけ仕事をしている自負もあった。だから、そういう人の気持ちも死ぬほどわかります。でも、無理をし続けたせいで身体を壊して、ゆくゆく不妊治療なども大変でした。実際に自分が出産や子育てをしてみて「あの働き方はそりゃ無理だな」って今はわかるけれど、そこで「当事者になってみないとわからない」と言ってしまうと全てが分断されてしまう。どんなことにも通じますが、当事者ではない人も、誰かのことを「想像」できるのが理想なのだと今は思えます。無理をしなくても良い仕事を実現できる仕組みがあって、自分自身や身近な人も大切にできる方が一流だね、と思える世の中になったらいいなと思う一方で、あの頃の自分を含め、寝食を忘れるほど何かに身を捧げている人を否定したいわけでもない。ただ、もしもその無理が本望ではないとしたら、社会の仕組みによって救えるようにならねばまずいぞ、と思うんです。まあ、そう甘くはない世界がたくさんあることもわかっていますが、花屋という原始的な商売の小さな店からわーわーやってみてもいいじゃない、と思っています。

Text/Aiko Iijima

Photo/Shiori Ikeno

Edit/Yume Nomura (me and you)

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